かみたかトラトラ日記

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zoom RSS ヒトは競走馬を馬鹿にできるか

<<   作成日時 : 2005/08/02 01:58   >>

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昔々の話。

場面は運動会。僕の種目は1500m走。昔から長距離は得意だったんだ。
基本的な戦法は後方一気追込み型。前半は体力を温存し、後半一気にスパートする。
これだと抜くことはあっても抜かれることはほぼ無い。大変気持ちがいい戦法であった。

いざ本番。なぜだかその日は緊張していた。大勢の観客のせいだろうか、それとも
一位になったら「ヤヨイ」ちゃん(仮名、うそ実名)がキスをしてくれると言う不確かな情報のせい
だろうか?

そんな不安定な状況の中、スタートの火蓋は切って下ろされてしまった。
落ち着け・・・、という願いむなしく、僕は100メートル走並の見事なスタートダッシュを
決めることになった。当然グランド一周もたずにバテバテ、まるで故障でもしたかのように
ずるずると後退していく無様な僕・・・。

茫然自失のまま、それでもブービーでゴール。周囲の期待を裏切ったことよりも、
自分の形に持ち込めなかった自分自身に腹が立って仕方がなかった。

ところで、競馬における競走馬はなかなか思い通りに走ってくれない。
パドックで暴れ、ゲート入りを嫌がり、スタートで大きく出遅れ、挙句の果てに暴走(引っかかる)。
真面目に走れば早いのに、これらの要素が予想を困難にし、万馬券の立役者となる。
その馬に運命をかけた多くの馬券師たちは激昂のあまり叫ぶことになる。
「馬なんてアテに出来ねえよ」

しかしこれは馬に限ったことではなかった。前述の僕の暴走は間違いなく、異常ないれこみに
よるもの。騎手の制御を振り切り、引っかかった姿に他ならない。
馬は自分の意思でその日走るのではない。ある意味無理やり走らされている。
そりゃ、走りたくない時、気分の乗らないときだってあるだろう。
しかし僕は違った。その日を楽しみにし、万全の体調に整えた上での失態であった。

ヒトは馬とたいして変わらない。


その後、僕は幾度と無く、その場面を思い出すとことになった。その度に無念さ、悔しさが
胸いっぱいに広がり、動悸が激しくなっていくのを感じた。

それから何年たっただろうか。
社会人になった僕は会社の業界運動会とやらに参加させられることになった。
僕は迷わず、静かに手を上げた。
「1500メートルを走らせてください」
このテの行事は大体営業配属の新人がキツイ長距離走を走らされ、当時三年目の経理マンで
あった僕などは普通短距離でお茶を濁すのが常であった。そんな中こんな僕が名乗りを上げた
ものだから、周囲は軽く混乱した。かわいそうなのは新人の営業マンだった。明らかに困惑の
表情を浮かべていた。やりたくは無いが、やることを義務付けられた仕事。それがあっさりと
横取りされてしまったのだから。

僕は違う意味で緊張していた。図らずも訪れた過去の自分へリベンジするチャンス。
おそらく二度と訪れることのない好機。

スタートした。僕は静かに自分の位置を下げた。最後方。これが僕の戦い方。
他の奴らは異常に速い。陸上部の奴もいた。それでも僕は最後方から動かなかった。
「まだだ、まだ早い」
スパートするのは4周目からと決めていた。


僕はグラウンドに大の字になって寝転んでいた。
立ち上がることなど出来なかった。
それは疲労なのか充足感なのか。
順位など覚えていない。しかし僕は数年前の失敗をやり直すことができた。
それ以降、かつての運動会の場面を思い出すことがあっても、不思議と動悸は起こらない。

ヒトはやり直せる。やり直す気持ちさえあれば。
後悔したままの気持ちを持ち続ければ、その苦しみから逃れることは出来ない。







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