かみたかトラトラ日記

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zoom RSS フォアグラに想う

<<   作成日時 : 2005/11/23 16:47   >>

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ちょっと前にこんな記事が新聞に載った。

「フォアグラは美食遺産 仏、法案可決」

さすがフランス。フォアグラを文化遺産とする法案を可決したらしい。
しかしながらこの話、単純なことではないようだ。

フォアグラはカモやガチョウの肝臓だが、その過程はきわめて人工的である。
狭い場所に閉じ込めたガチョウたちに強制的にチューブを喉の奥に差し込んで、人工的に肝臓を肥大させるのだ。その”製造工程”ゆえに、私の尊敬する山岡士郎氏は「天然のアンキモのほうが数倍旨い」と言い放った。

で、その異常な飼育方法が、動物愛護団体から「残酷」との批判を浴びているというのだ。
今回の法案には、その批判をかわす意図があるらしい。

これには賛否両論あるだろう。
確かにそれだけみれば、極めて残酷といえるかもしれない。
でも、それを行ったら養殖されている魚、狭い場所で飼育されているブロイラーなども”待遇”という意味では大差ないのではないだろうか。

ヒトにはいろいろな思想や考えがあるだろうから、この場では多くを述べないが、
人間は生きるために、他の生き物を食すという事実は変わりない。
それは人の宿命であり業である。
山岡氏が言った「菜食主義者も無罪ではない」という意見には賛成だ。植物もまた”命”を持つ。

人を生かすために飼育される家畜たち。これは紛れも無い事実。
私たちはその犠牲の上に成り立っている。
それを言うと「必要最低限にするべきだ」との議論も起こるだろう。敢えて苦しみを与えて肥らせた
肝臓を食べる必要があるのか、と。

しかしそれを突き詰めると食文化など成り立たなくなる。
かつて日本の「踊り食い」も残酷だといわれたこともあったと記憶している。
相変らず「鯨」を食べることも残酷だと言う人たちもいる。

何をどこまでしたら残酷なのか、どこまでだったら許されるのか。
その議論はいつまでも結論が出ないのではないかと思う。
そしてその答えは出すべきではないとも思う。

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